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理事長所信


明日を夢見て JAYCEE DREAM 〜情熱に終わりなし〜

理事長写真
第61代理事長 三輪研二

はじめに

 壬辰(みずのえたつ)の年であった1952年に35名の若者が集結して設立された大垣青年会議所。組織は還暦を迎え2012年、再び壬辰の干支に回帰します。
 発展も混乱も起こりうるといわれる壬辰年。日本が発展に転じるか否かは、我々JAYCEEにかかっているのです。最も輝きを放つことができる30代、最も成長することができる30代に、情熱の炎を燃やさずしていつ燃やすのだ。

我々が置かれた状況

 今、世界は大きく混乱しています。これまで世界を牽引してきた欧米を中心とする先進国が、発展目覚しいアラブ諸国やBRICs各国の台頭によって、いよいよその役割を発揮できなくなってきており、更には様々な地域で民族紛争やテロが繰り返し勃発する中で、政治も経済も既存のシステムを見直す時期にさしかかっています。
 日本もまた、バブル崩壊後からの二十数年の間、実感できる景気回復はおろか、この国が歩んでいくべき道筋も示されないまま、国民はただ政治に対する信頼や興味を減退させ彷徨っています。更に、国力が低下している中で進む円高に、日本経済もまた歪み始めています。
 この危機的な状況の中、2011年3月11日、大地震が東日本を襲いました。そして巨大津波による大災害、原子力発電所の事故、更には放射能汚染問題と、愛する我が国に次々と危機が襲いかかっていきました。この大震災が引き起こした想像を絶する惨劇は、発生から日一日と明らかになるにつれ絶望感を煽り、メディア報道の前で何も出来ず呆然と見つめている自分の無力さに、言いようのない怒りを感じずにはいられませんでした。
 しかし遡ること120年前、史上最大の内陸直下型地震といわれた濃尾大震災がこの地域を襲い、火災も相まって7千人以上の命を奪いました。「岐阜がなくなる」というニュースが全国を駆け抜けるほどの壊滅的被害だったそうです。我々も過去の被災者なのです。近く東南海地震が起きると言われている中で、この東日本大震災は決して他人事ではないのです。
 我々に安穏としている時間はありません。被災地支援はもちろんのこと、他力本願ではなく自らがこの国を復興の軌道に一刻も早く乗せる行動を起こし、「がんばろうNIPPON」の歩を着実に進めなければならないのです。今求められているのは、明日の日本を夢見てその歩を力強く進め、皆を牽引していく地域のリーダーです。60年前にも、困難な状況の中で、撓まざる決意と逞しき情熱を持って地域そして日本再建に敢然と立ち向かった若者がいます。そう、大垣青年会議所を設立した我々の偉大なる先達です。
 『この時に当り我々青年は共々に手をたずさえてこの障害を打破りこの苦難を乗り越えて前進し撓まざる決意と逞しき情熱をもって問題に取組み自らの知性と徳性の練磨に努め地方経済発展に奉仕して日本経済再建に寄与すると共に、更に進んで国境を越えた限りない友情に結ばれ度いと思うものであります。』
 この設立趣意書の一文を読めば明らかでしょう。我々大垣青年会議所のメンバーには、地域のリーダーとしての熱い血が流れているのです。

皆の憧れる真のJAYCEEを目指して

 東日本大震災の発生以来、全国各地より計り知れないほどの支援が行われており、各地青年会議所においても支援物資や人的支援など力強い支援を展開しています。その中に、自らが被災者でありながらも、東日本の一刻も早い復興に邁進している仲間達がいます。彼らこそが、今、我々の手本とすべき真のJAYCEEではないでしょうか。これは我々が立ち返るべき原点であり、主権回復を間近に控えつつも敗戦のショックから立ち直れない中で、経済発展への貢献や自己啓発とともに日本及び世界の繁栄と平和に寄与することまでを目的に掲げて立ち上がった大垣青年会議所の創始の精神そのものであると言わずにはおれません。
 メンバーに問いたい。輝かしい伝統と運動の真似事に甘んじることなく、JC運動の本質を胸に抱いて日々活動できていますか。自らが取組んでいる活動の意味を西美濃住民の前で胸を張って語れますか。明るい豊かな社会の為に自分を律し、運動を展開できていますか。こんな当たり前のことが出来なくなっていませんか。皆に憧れられる行動を見せなければ、地域に根ざす運動を牽引するリーダーにはなり得ません。危機的状況の今こそ、我々は自分達のあるべき姿に立ち戻るべきなのです。
 「青年の学び舎」である青年会議所で、地域で憧れの的となるような光り輝く存在になるべく、改めて自分を真摯に見つめ直し、貪欲に学び行動することで、自らを高めましょう。この「青年の学び舎」には、明るい豊かな社会の実現に向けて邁進された先輩諸兄の経験と知恵、そして志の同じ若者の英知と勇気と情熱が溢れています。更には、LOMを越えた広いフィールドで自らの想いを行動に移す機会にも溢れてます。このような恵まれた環境であることを改めて認識し、様々な人脈や機会をもって積極果敢に活動すれば、個の成長がなされ、それが組織の活動に輝きを与え、必ずや地域のリーダーとしての輝きへと発展していくでしょう。
 そしてその輝きを増すことで、自ずと志を同じくする仲間が集ってくる。全てのメンバーが、大垣青年会議所の代表であるという想いを胸に、純粋に明るい豊かな社会の為に活動していれば、その姿に憧れる新たな会員との出会いに繋がるのです。そして、輝こうとする我々の学びや活動の場に志の同じ仲間を招き入れ、共に学び磨き合おうではありませんか。
 我々には立ち返ることの出来る原点があることを忘れないでほしいのです。原点とは、創始の精神であり、定款に記されたこの青年会議所の目的です。常にこの原点を胸に刻んで、失敗を恐れず常に情熱をもって行動し、皆が憧れるような真のJAYCEEになろうではありませんか。

JCの仲間達との友情を育む確かな一歩

 我々は日本及び世界の繁栄と平和に寄与することを目的に活動しており、世界規模で運動を展開する組織の一員です。これは、我々が常に日本そして世界と繋がっていることを意味します。この繋がりを積極的に活用して、西美濃から外へと活動の幅を広げ、自己啓発に留まらず仲間達との友情を育むことに躊躇してはいけません。
 2012年、大垣青年会議所は、東海地区における二大事業である、JC青年の船とうかい号、そして東海フォーラムにおいて、大変重要な責務を担います。出向者は勿論のこと、大垣青年会議所の総力をもって、日本青年会議所、東海地区協議会、岐阜ブロック協議会からの期待に最大限応える一年とし、確かな友情に繋げていきましょう。
 また、シスターJCである花蓮JCとは、姉妹締結40周年記念事業、花蓮JC創立45周年記念式典と、お互いの友情が確認される交流を行っています。我々が創立60周年記念式典を開催するにあたり、国境を超えて40年間切磋琢磨してきた仲間として、限りない友情をもって迎え、更に活発な交流へと進化させていきましょう。

明日の西美濃への確かな一歩

 大垣青年会議所が2010年代運動指針(2010〜2019年度)として掲げた『地球的価値』の田園都市構想〜西美濃の心がひとつになる瞬間(とき)へ〜の下、2010〜2011年度の最重点事業は、西美濃協調グランドデザインを策定し、地域に発信することでした。この西美濃協調グランドデザインとは、あらゆる面で恵まれた財産を有するこの西美濃で、各地の地域住民が郷土愛を持って自ら主役となってまちづくりに参画し、その活動の輪が市町の枠を超えた連携の輪へと進化することで、都市機能が集約され美しい田園都市となる、そんな明日の西美濃を描いた夢のデザインです。
 今まさに、西美濃協調グランドデザインという羅針盤をもって、明日の西美濃に向かって発進するときが来たのです。我々大垣青年会議所が、その実現の為に先頭に立って旗を振り、西美濃住民を未来像に導く役割を担っているのです。
 現状の西美濃地域においては、各地で住民主導の様々な活動がなされ、また行政サービスの一端を担う市民団体の活動ケースも多く存在します。多くの団体は、まちを良くしたいという想いは同じですが、地域を限定した目的となっています。我々が諸団体の活動目的のベクトルを集約して、協同性をコーディネートできれば、西美濃協調グランドデザインが描くまちづくり運動へと発展することでしょう。そんな連携を実現する役割こそ我々に課せられた新たな使命なのです。
 そして同時に、西美濃ネットワーク創造の為に、同じ青年団体で構成される大垣市青年のつどい協議会や西濃青年のつどい協議会との密接な連携も欠かせません。加盟団体として役員を輩出するに留まらず、団体同士の連携も強化し、西美濃ネットワーク創造に繋げていきましょう。
 明日の西美濃は既に描かれているのです。今こそ我々が西美濃住民と共に策定した「西美濃協調グランドデザイン」を基にして実践しましょう。

◇ 西美濃の財産を掘り起こし、西美濃住民にその素晴らしい価値を伝えていこう。
◇ 西美濃の未来を担う子どもたちの成長を西美濃の手で育もう。
◇ 西美濃は西美濃の住民が創り上げるという自治意識を醸成しよう。

 これらの実践の成果は必ずや西美濃ネットワークの土台の上に新たな住民の参画と活動を生み出していくことを信じてやみません。

61年目の決意

 大垣青年会議所の歴史を紐解くと、いつの時代も立ち返るのは創始の精神です。戦争によってことごとく破壊されたまち、そして敗戦によって大きく誇りを打ちひしがれた日本人の中にあって、設立趣意書に綴られた一言一句は、明るい未来を自らで創り上げていく決意と情熱に満ち溢れています。現実は茨の道であったことでしょう。占領地の屈辱を拭い去れなかったことでしょう。それでも立ち上がって乗り越えてこられたからこそ、大垣青年会議所の今があるのです。設立趣意書に込められた創始の精神、これを決して我々は見失ってはならないし、不変的なものとして次代に確実に伝承していかなければなりません。
 この精神の伝承が変えてはならないものであるならば、61年目を託される我々が変えるべきは、前例にとらわれた行動です。これまで変化を恐れず常に革新の連続によって輝きを増してきた大垣青年会議所の伝統に甘んじることなく、創始の精神を胸に、失敗を恐れない思い切った行動をもって60周年を記念する事業に取り組んでいきます。そしてまた、一旦は一般社団法人へ舵を切った法人格移行においても、公益性を最も誇れる存在だからこそ、明日の大垣青年会議所のために常にメンバーにその是非を問いかけていきます。

 61年目の今、有らん限りの情熱を燃やして、明日の西美濃へ発進しよう。
 JAYCEE DREAM 明日を夢見て行動すれば、情熱に終わりなど決してないのだから。